アイスクライミング

Polar Circus

Polar Circus
2013
クライマー
新宮 圭・他1名
エリア
Canadian Rocky
グレード
WI5 700m

2013年12月、Kさんとカナダのポーラーサーカスを登った。
当時、海外遠征で敗退続きだった自分にとって、それは会心のクライミングだった。
記憶は薄れつつあるが、ここに記しておこうと思う。

Kさんとは、前年末、川浦代表(当時)に連れて行ってもらったカナダアイスクライミングの際、今は無い「ホステルベアー」というキャンモアの宿で知り合った。帰国後、何度か一緒にアイスクライミングへ行き、無積雪期にも瑞牆や小川山で幾度となく登った。そしていつしか、「年末にポーラーサーカスを登ろう」という同じ目標を持つようになっていた。その年は暖冬で、まともなアイスクライミングの練習もできないままカナダへ飛んだ。キャンモア周辺でいくつかのルートを登りながら、天気予報とにらめっこする。ポーラーサーカスは雪崩リスクが高いルートだ。Ice Line によれば危険度は最高ランクの黒。

ベースはランパートクリークユースホステルになる。ユースホステルとは名ばかりで、快適な施設ではない。電源は取れず、水も汲み置き。シャワーもなく、あるのはサウナだけだった(自分は使わなかった)。それでも、ポーラーサーカスへのアクセスは抜群だった。車で10分。路肩に駐車し、そこから取り付きまでさらに10分ほど。

12月28日。前日に降雪があったため、この日は偵察だけにした。トポによれば右岸からルンゼへ入るらしい。「あれか」「ここか」と迷っているうちに時間が過ぎていく。適当なところからルンゼに入ったが、悪い。これを暗いうちにやるのか、と思った。そこからいくつかの滝を懸垂下降し、最初の氷瀑へ降り立つ。どれも素晴らしい滝だった。日本にあれば、間違いなく人気ルートになっていただろう。宿へ戻り、アタック日の作戦を練る。ルートは長い。暗いうちからの行動になる。どうするか。結局、最初の滝から忠実に詰めていくことにした。時間はかかるが確実だ。年末年始休暇を使って来ている以上、失敗はできなかった。

12月30日。暗いうちに宿を出て、路肩に車を停め、ポーラーサーカスへ向かう。当然、ヘッドライトを点けてのクライミングになる。順調にいくつかの滝を越え、明るくなる頃には Pencil 下部の氷瀑へ着いていた。Pencil は直登記録もあるが、このときは折れていて通れない。通常通り、右から大きくルンゼを巻いて戻るルートを取る。ここが悪かった。ガレの上に薄く雪が乗っているような状態で、神経を使う。時間をかけて突破した。次は70m滝。日本なら4級程度だろうか。氷は締まり、気持ちの良いピッチだった。続くピッチも、背中を岩に押し付けながら進む楽しいクライミング。

そして最後の氷瀑。これだけで、夢のブライダルベールより大きい。続くクライミングで腕が悲鳴を上げ、ついにテンションを入れてしまった。氷瀑、歩き、氷瀑、歩き。そのたびにロープをまとめる必要があり、じわじわと腕を消耗していた。大きくペースが落ちた。終了点へ着く頃には、すっかり真っ暗になっていた。完登を祝いたい気持ちはあったが、帰りも長い。証拠写真だけ撮り、すぐ懸垂下降の準備に入る。

一本目。ロープが抜けない。何をやっても抜けない。もう登り返す気力は残っていない。Kさんが登り返してくれた。どれくらい時間が経っただろうか。尿意に耐えきれず、氷瀑の途中で小便をした。ようやくKさんが降りてくる。ロープが凍っていたらしい。その時点で、下降開始からすでに何時間も経っていた。

続く懸垂。ようやく最後の氷瀑の取り付きまで戻る。ロープを引く。抜けない。また抜けない。もしかして、と思い、Kさんに聞く。「ロープ、解きましたか?」解いていないという。Kさんがロープの端を触っているのを見て、自分は勝手に「末端処理を解いている」と思い込んでいた。疲労の中で、その一言を確認することを怠ってしまった。どうする。本当に、もう登り返す気力はない。ロープを切るか。だが残り30mでは、あと何回懸垂すればいい。この状態では、どこかで必ずミスをする。

ビバークしよう。自然とそう決まった。しかし軽量化のため、まともな防寒着を持っていない。シェルを繋ぎ合わせ、クラストした雪を積み、壁を作る。長い夜になる。過去にも厳冬期のビバークをしたことがあり、「5分身体を擦って、5分眠る」ような夜を覚悟していた。だが、疲労の方が勝っていたのか、思ったより気温が下がらなかったのか、意外なほど眠ることができた。

目を覚ますと、日は高く上がっていた。途中何度か起きた記憶はあるが、それ以上に疲労が大きかったのだろう。幸い、この夜は気温も零下一桁程度までしか下がらなかったようだった。体力は回復していた。テンションを入れたピッチを登り返し、ロープを回収する。途中、レスキュー車両の音が聞こえたが、気にせず下降を続けた。10時、車へ戻った。前日4時に出発していたから、30時間行動だった。「一日ずれていたら年越しビバークでしたね」そんなことを笑い合った。

ユースホステルへ戻り、オーナーの Kenn に報告する。心配して見に来てくれていたらしい。レスキューの音は、その時のものだった。「動いていたから安心して戻った」そう言っていた。日本人は無理をする、とも。パスタを奢ってもらった。Kさんはぺろりと平らげた。自分は何度もテンションしながら、ようやく完食した。日本には正月を祝う文化がある。Kenn たちに別れを告げ、ユースホステルを後にした。

翌年、Kさんとは再びカナダへ渡り、ネメシスを一緒に登った。その後、自分は6級アイスのテストピースを落としてから、アイスクライミングより冬壁へ傾倒していった。志向の違いもあり、一緒に登る機会は少なくなった。当時、自分のミスでロープが抜けなくなりビバークしてしまったことを恥だと思っていたが、年月が経ち今回ようやく文章にすることができた。この機会に感謝したい。

コースタイム
12/30 0400 取付 ???? 終了点 12/31 1000 取付戻り
使用ギア
クォーク、他